和漢薬のあゆみ(通史年表)
■奈良県関連のできごと
●三光丸独自のできごと
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原始 |
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■ 縄文人の住居跡からキハダ(黄柏:オウバク)が発掘され、考古学上で確認された日本最古の生薬とされる 《中国》秦の始皇帝の命で、除福が東海の逢莱島へ不老不死の薬を求め、男女三千名を引き連れて出航したといわれる 《中国》最古の医書「傷寒論」「金匱要略」が書かれる 《中国》最古の薬学書「神農本草経」が書かれる |
(4世紀〜) 古墳文化の発生
538年 仏教伝来(552年とも) |
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414 |
■ 新羅から金武が来日し、外国医術がはじめて公に伝わる |
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459 |
■高羅の医師・徳来が来日し、子孫まで医術を行い「難波の薬師」と呼ばれる |
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554 |
■百済から採薬師がはじめて来日する |
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飛鳥時代 |
598 |
■ 聖徳太子が推古天皇に薬について進言する ■四天王寺を建立し、施病院、施薬院、悲田院、敬田院をつくって難民に医療を施す |
607年 法隆寺建立 遣隋使はじまる
645年 大化の改新
672年 壬申の乱 |
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611 |
■ 推古天皇が群臣を伴って大和菟田野(宇陀地方)で薬猟(鹿茸と薬草採り)を行い、以来5月5日が《薬の日》(菖蒲の節句)となる |
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623 |
■薬師・恵日らが隋・唐の医学を修めて帰国する |
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634 |
■ 修験者の祖といわれる役小角が茅原の里に誕生する |
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645/大化1 |
■ 呉人・知聡の子・善那が牛乳を献上し、和漢使主の姓を賜る |
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659 |
《中国》唐代の薬学書「新修本草」(唐本草)が書かれる ■この頃、役小角が施薬などを行う |
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685 |
■この頃百済僧・法蔵らが白朮煎を奉納する |
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701/大宝1 |
■ 文武天皇が大宝律令を制定し、日本最古の医事制度「医疾令」が公布されて、大学、典薬寮、薬園生を置き学生を教育しはじめる |
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奈良時代 |
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■「古事記」に大国主命の薬草治療の物語が登場する 《蒲の穂(蒲黄)で兎を治療した話》 《ハマグリで火傷を治療した話》 |
712年 「古事記」撰上
720年 「日本書紀」撰上
752年 東大寺大仏開眼
759年 「万葉集」の最新歌終わる |
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727/神亀4 |
■修験者の合薬・造薬禁止令が出される 《中国》医薬処方書「千金方」に屠蘇酒の処方が記される |
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| 732/天平4 |
■ 韓国連広足が初代典薬寮(現代の厚生省)長官に就任する |
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747/天平13 |
■ 古文書「法隆寺伽藍縁起并流記資材帳」に薬物14種、薫香料9種が記載される |
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754/勝宝6 |
■ 唐から鑑真が来朝し、薬物の鑑別調合法などを伝授する ■ 日本最初の調合薬、唐招提寺の「奇効丸」が鑑真によって調合され(伝)、丸剤のはじまりとなる |
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756/勝宝8 |
■ 光明皇后が薬品60種を東大寺に奉納し正倉院御庫に収蔵される |
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平安時代
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808/大同3 |
■ 日本最初の公定薬局方である「大同類聚方」が完成する |
905年 「古今和歌集」撰上
(994-1000年頃) 清少納言が「枕草子」を著す (1003年頃-) 紫式部が「源氏物語」を著す |
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810/弘仁1 |
■ 弘仁年中から宮中で元旦に屠蘇酒を用いることがはじまる |
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918/延喜18 |
■ 日本最初の和漢薬名字書「本草和名」が著される |
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927/延長5 |
■ 「延喜式」完成 典薬寮の項目の「諸国の進年料の雑薬」に全国から進貢された薬名と数量が記載される ■ この頃、京都に東市・西市が設けられ、東市に薬を取り扱う店が現れる |
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984/永観2 |
■ 現存する日本最古の医書「医心方」が書かれる |
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1078-85 承暦2-応徳2 |
《中国》宋代の医薬処方書「和剤局方」が編集される。この書は後に日本に伝わり、薬の知識の飛躍的発展に貢献 して薬局方のもとになる ■ この頃、源頼朝の命で諸国に薬を売り歩く隠密の香具師が誕生する |
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鎌倉時代 |
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■ 戦陣外科専門の「金創医」が現れる |
(鎌倉時代前期〜) 大和越智一族の祖、源家弘が南越智庄(現在の御所市・高取町)を支配する |
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1242/仁治3 |
■ この頃からティーバッグ方式の「振り出し薬」が使われはじめる ■ 奈良・西大寺で叡尊が最古の売薬とされる「豊心丹」をつくり、以来、各寺院で薬が作られるようになって、大和売薬のはじまりとなる |
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1300-1500 正安2-明応9 |
■ 戦乱のため寺社が荒廃し、その復興のため売薬が行われる |
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1319-21 元応1-3 |
●「紫微垣丸」(しびえんがん)と名付けられた薬(三光丸の前身)がつくられていた |
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室町時代 |
1336 延元1/建武3 |
●後醍醐天皇から「三光丸」の名を賜り、「紫微垣丸」の名に代えて使用しはじめ、越智氏の中で米田家が三光丸を継承して現在に至る |
(1336-1392年) 南北朝の内乱
(1429-1440年)大和永享の乱 (1467-1477年) 応仁の乱
1543年 鉄砲伝来 1549年 フランシスコ・ザビエル渡来 |
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1404/応永11 |
■ 室町幕府の命により、禅僧医大年宗奇が明から「霊宝丹」(1519−1540年代に発売された「透頂香ういらう」のもとになった薬)を持ち帰る ■ この頃、中国より「印籠」が伝わる |
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1494/明応3 |
■ この頃から高野聖が薬を持ち歩く |
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1550/天文19 |
●天文十九年四月十五日「西専庵へ三光丸を遣し、代十疋受け取る」(山科言継「言継卿記」より) |
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1556/弘治2 |
■ ポルトガル人・アルメイダが豊後で治療にあたり、西洋医術伝来のはじまりとなる |
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安土桃山時代 |
1573-92 天正1-文禄1 |
●天正年間に米田小重郎が織田信長の長男・信忠に三光丸を飲ませ、「軍中第一の妙薬にせよ」との言葉をうける(古い版木より) |
1585年 豊臣秀吉関白となる 1589年 大和越智氏滅亡 |
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1578/天正6 |
《中国》明代の薬学書「本草綱目」が完成する |
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1587/天正15 |
■ 豊臣秀吉治世下の大坂道修町が薬商いの中心地となる |
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1590/天正18 |
■ 小田原の薬種商・益田友嘉が江戸に薬店を開業して目薬「五霊膏」を発売し、江戸売薬のはじまりとなる ■ この頃越中富山の「反魂丹」が創製される |
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江戸時代 |
1607/慶長12 |
■ 林羅山が「本草綱目」を長崎で入手して幕府に献上し、この時から日本の本草学が飛躍的に発展する |
1600年 関ヶ原の合戦
1636年 長崎出島完成、鎖国体制進む
1650年 お蔭参りが流行し始める
(元禄年間) 町人が台頭しはじめる
1703年 近松門左衛門「曽根崎心中」初演 1705年 お蔭詣り大流行
1736年 享保の大飢饉 百姓一揆・打ち壊しが増加
1771年 お蔭詣り大流行
1783年 天明の大飢饉
1830年 お蔭詣り大流行 1833年 天保の大飢饉 1853年 浦和にペリーが来航 1867年 お蔭詣り大流行 |
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1638/寛永15 |
■ 幕府が麻布御薬園と大塚御薬園をひらく |
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1649/慶安2 |
■ ドイツ人・カスパルが来日し、カスパル流外科がはじまる |
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1666/寛文6 |
■ 幕府が薬種以下諸商品の座、専売を禁止する |
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1673/延宝1 |
●米田家の先祖、法名:秋屋智園(俗名不祥)が高野街道の宿屋に三光丸を置き、販売を行う |
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1681/天和1 |
■ 遠藤元理が、はじめて異国産薬種を記載した「本草弁疑」をあらわす |
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1684/貞享1 |
■ 麻布御薬園を小石川御殿地内に移し、小石川薬園と改称する |
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1686/貞享3 |
■ 江戸城において三春藩主・秋田河内守の腹痛を治し、富山の薬が販売権を得る ■ 江戸、京都に専門の薬屋が独立して薬を売り、成薬屋と呼ばれる |
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1689/元禄2 |
■ 江戸本町に薬種問屋の座が誕生する ■ この頃(元禄年間)、江戸、上方に「くすり湯」が姿を見せる ■ この頃、「熊の伝三膏薬」行商が全国に流行する。 口上は「ガマの油」とよく似ていた |
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1690/元禄3 |
■ 富山県の配置販売がはじまる ■ ドイツ人・ケンプェルが来日して日本の植物を調査研究し、帰国後「日本誌」をあらわす |
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1693/元禄6 |
■ 水戸藩医・穂積甫庵が藩主・光圀の命で家庭医学書「救民妙薬」をあらわす |
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1708/宝永5 |
■ 貝原益軒の「大和本草」が完成する |
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1713/正徳3 |
■ 「和漢三才図会」に大和に多くの薬草があることを記される |
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1715/正徳5 |
■ 江戸本町の問屋二十四軒が薬種問屋仲間をつくる |
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1718/享保3 |
■ 2代目・市川団十郎、江戸森田座で「ういろう売り」に扮し大喝采を博す |
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1722/享保7 |
■ 江戸、大坂に和薬改会所(薬品検査所のはじまり)が設置される ■ この頃、幕府が「広恵済急方」など今日の家庭医学書の類を編集し、民間の医学知識の普及につとめる |
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1729/享保14 |
■ 幕府から派遣された「採薬師」植村佐平次が、森野藤助らを見習として随行させ、大和の宇陀・吉野地方を中心として150日間にわたる長期的な薬用資源調査を実施する この折、採薬師の植村佐平次が吉野郡下市に薬園を開く ■ 薬用資源調査の後、森野藤助が薬草類の栽培法・採取法や治病効果の試験・研究を行うため薬園(現在の森野旧薬園)を開く |
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1730-40 享保15-元文4 |
■ 奈良県、滋賀県、佐賀県の配置販売がはじまる |
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1736/元文1 |
■ 「大和志」に宇陀・高市・宇智・吉野地方などで、地黄・当帰・人参・大黄などを産出すると記される |
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1747/延享4 |
■この頃、人参の栽培に成功し、オタネニンジンの名前ができる |
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1772/安永1 |
●米田文内が三光丸の配置販売を大和から伊勢、河内方面へ広める |
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1775/安永4 |
■ スウェーデン人・チュンベルクが来日し、日本の植物を調査研究して帰国後発表する |
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1783/天明3 |
■ 合薬屋と共に薬種合薬屋組合株仲間ができる |
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1792/寛政4 |
■ 幕府が「白牛酪考」を編集し、保健薬の「酪」を御用商人を通して販売しはじめる |
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1803/享和3 |
■ 小野職考が「本草綱目啓蒙」をあらわす |
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1804/文化1 |
■ 華岡青州が通仙散を用いて世界初の全身麻酔に成功する |
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1818-29 文政1-12 |
●三光丸が畿内近国の行商で大和売薬の基礎を築く |
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1823/文政6 |
■ ドイツ人・シーボルトが来日し、医学・博物学を教える |
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1828/文政11 |
■ 宇田川榛斉が「和蘭薬鏡」をあらわす |
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1866/慶応2 |
●米田丈助が富山の業者を呼び集めて「仲間取締議定書連印帳」を作成し、価格・商道徳・にせ薬の締め出し・従業員給与等について業務協定を結ぶ |
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明治時代 |
1870/明治3 |
■ 売薬取締規則が布告され、家伝薬が禁止となる |
1871年 郵便開始 1872年 太陽暦採用、 鉄道(新橋〜横浜)開通、ガス灯点灯
1877年 内国勧業博覧会開催
1883年 鹿鳴館開館
1887年 東京に電灯がつく 1890年 電話開線(東京、横浜) 1893年 メートル法採用を決定、シカゴでキネトスコープ(最初の活動写真=映画)を公開
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1872/明治5 |
■ 売薬業者に鑑札が発行される |
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1873/明治6 |
■ 第一大学区医学校で大学におけるはじめての薬学教育がはじまる |
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1874/明治7 |
■ 医師、薬舗開業試験制度が施行され、漢方が閉め出される |
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1877/明治10 |
■ 売薬としての家伝薬が製造販売を許可される |
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1880/明治13 |
■ 薬品取締規則が公布され、注意薬・毒薬・劇薬が規定される |
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1882/明治15 |
■ 売薬印紙税規則が制定され、定価の1割の税がかかることとなる 業者の反対運動がおこる |
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1886/明治19 |
■ 売薬印紙交換規則ができる ■ 日本薬局方が公布される |
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1893/明治26 |
■ 日本薬剤師会が設立される |
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1894/明治27 |
●三光丸商標登録 |
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1897/明治31 |
●三光団社が結成され、全国的に新規得意開拓をすすめる |
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1899/明治32 |
●三光丸同盟会が発足し、「盟約書」が作られる |
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1904/明治37 |
●「盟約書」を「三光丸同盟規約書」と改称する |
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1911/明治44 |
■ 大和売薬同業組合が設立され米田徳七郎(虎義)が初代組長になる |
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大正時代 |
1013/大正2 |
●朝鮮半島において三光丸の販売を開始する |
1914年 第一次世界大戦勃発 1920年 日本で第一回メーデーを開催 1923年 関東大震災発生 1925年 東京放送がラジオ放送を開始、普通選挙法成立 |
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1914/大正3 |
■ 売薬法が公布される |
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1915/大正4 |
●「三光丸行商同盟」を「三光丸同盟会」と改称する |
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1920/大正9 |
■ 奈良県令で薬用植物調査職員設置規程を発布し、栽培採取に関する調査を実施する 「調査品目:当帰、牡丹、芍薬、和大黄、山椒」 「栽培指針:当帰、牡丹、芍薬、地黄、川弓、吉草、白朮」 |
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1926/大正15 |
■ 売薬印紙税法が廃止され、売薬業界が全盛期に入る |
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昭和時代 |
1930/昭和5 |
■ 私立奈良県薬学校が設立される |
1931年 満州事変勃発
1941年 太平洋戦争勃発
1948年 新制高校・大学発足 1949年 中華人民共和国成立 1953年 民間放送およびNHKがテレビ放送開始 1964年 東京オリンピック開催、東海道新幹線開通 1969年 アポロ11号月面に着陸 1970年 日本万国博覧会開催
1978年 新東京国際空港開港
1985年 NTTおよびJT発足 1987年 国鉄民営化JR各社発足 |
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1933/昭和8 |
■奈良県の売薬が本格的に中国大陸に進出する |
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1943/昭和18 |
■ 薬事法が制定される |
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1944/昭和19 |
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国家総動員法により名称が「売薬」から「家庭薬」と改称される |
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1946/昭和21 |
■企業整備を撤廃し戦後の企業再編成を開始する |
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1947/昭和22 |
■ 薬事法が制定される |
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1948/昭和23 |
■ 奈良県薬草増産対策協議会が設置され、1957年度まで薬草資源の確保につとめる |
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1949/昭和24 |
■ 奈良県製薬協同組合が発足する |
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1952/昭和27 |
■ 県立御所工業高校に薬学課程が新設される |
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1957/昭和32 |
●自動包装機による包装がはじまる(三光丸) |
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1961/昭和36 |
■ 薬事法が大改正される |
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1975/昭和50 |
■ 製薬工業組合連合会組織がつくられる ■ GMP(医薬品の製造及び品質に関する基準)実施細則が制定される |
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1976/昭和51 |
■ 奈良県製薬工業組合が発足する |
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1977/昭和52 |
■ 東洋医学会が漢薬原料調査会を発足し、奈良県十津川村において日本古来から伝承される薬用植物の種苗系統保存事業を現在も継続している ■ 日本における天然薬用資源の調査、漢薬原料の優良品種の育成および臨床学的評価も実施している |
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1979/昭和54 |
■ 配置薬販売業界を支援するための国会議員連盟が結成される |
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1982/昭和57 |
■ 日本配置家庭薬商業組合が設立される |
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1984/昭和59 |
■ 薬用植物栽培品種実態調査事業(優良種苗の確保・保存・選定および至適栽培条件等の設定)をはじめ、現在も継続している |
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1985/昭和60 |
●(株)三光丸配置研修部を設立 |
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平成 |
1992/平成4 |
■ 11種の薬用植物(芍薬、地黄、佐賀蒼朮、白朮、当帰、牡丹、呉茱萸、タマサキツヅラフジ、柴胡、貝母、桔梗)を栽培保存し、科学的品質評価事業をはじめ、現在も継続している |
1991年 ソビエト連邦消滅
1995年 1月17日阪神大震災発生
1997年 香港が英国から中国に返還される 1999年 欧州単一通貨「ユーロ」を導入 2001年 米国で同時多発テロ事件発生(9/11) 〃 ETC導入 2004年 新潟県中越地震発生 2007年 郵政民営化(10/1〜) 2009年 日本で裁判員制度スタート(5月) |
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1994/平成6 |
●配置得意管理にコンピュータシステムを導入、顧客・在庫管理面で飛躍的な改善がなされる |
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1995/平成7 |
■配置用医薬品製造業・医薬品配置販売業が中小企業近代化促進法に基づく指定・特定業種として認証される |
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1999/平成11 |
●三光丸同盟会創立百周年 |
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2006/平成18 |
●三光丸の包装形態が変わる ・五角形の「火打型薬包紙」から、「6包箱入」「2包袋入」にパッケージを変更 |
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| 2009/平成21 | ●クスリ資料館横に茶室「直心庵」を新設 |
ご感想・ご質問等は
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