第一回 明治期以降の「三光丸」

 

★1★定価の移り変わり(写真.1〜19)
★2★三光丸の《火打型》薬包紙
★3★効能書、用法・用量の変化(写真.20〜23)

 

★1★定価の移り変わり(写真.1〜19)

HP上では「定価」と言う表現を使用していますが現在では「メーカー希望小売価格」と言う表現が正しい表現です

三光丸は、明治の初め頃は一包3銭と5銭という、2種類の定価で販売され

ていました。同じ製品で定価が異なるのは、全国を回商するため、地域によ

る交通手段(行商旅費)、経済、生活習慣などを考慮してのことでした。特に

北海道では、明治40年から10銭定価のものもありました。

 大正2年からは5銭定価に統一され、以後7銭、10銭、15銭・・・と改定され

ていくことになりますが、明治〜大正〜昭和初期を通じて好・不況が繰り返

され、価格はなかなか安定しませんでした。特に、第二次世界大戦という激

動の時代を迎え、終戦直後の昭和20年には定価がそれまでの10銭、15銭

から一気に70銭、80銭とはね上がりました。さらに昭和22年になると、敗戦

が引き起こした過度のインフレーションのため、三光丸の価格も1円、1円50

銭、2円、5円、10円とめまぐるしく変動せざるを得ませんでした。この頃の資

料が保存されていないのは残念ですが、実は三光丸本店も他の企業と同

様、戦時中の企業整備を避けることがかなわず、一時的に「大和共同製薬

株式会社」に統合合併させられ、苦難の道を歩んだのでした。このため、戦

時中の売上高はもちろん、当時の資料も散逸して不明となっているのです。

そのあたりの経緯については次回以降にゆっくりとお話したいと思いす。

 終戦後の昭和23年頃からは、経済成長や物価の変動に応じて価格もお

だやかに変化していき、昭和59年からは120円となり、現在もその価格は

維持されています。

 定価3銭・5銭の時代は数十年間も続いたので、写真のように、同じ定価

にもかかわらず登録商標(日月星)の形、三光丸の字体、効能書が微妙に

変化しています。また、写真.1(3銭の三光丸)と写真.9(10銭の三光丸)の

ように、異なった定価で同じ版(印刷の原版)を使用しているものもあり、同

時期に異なった定価をつけていたことを物語っています。

 

各写真をクリックすると拡大写真が別ウィンドウで表示されます

写真1 定価三銭

 

登録商標の星がやや小ぶりで、月の幅が

狭いものは、同じ3銭定価でも年代が古い

ものです。「三光丸」の文字もやや太く、

「光」の上部が跳ね上がる点、「丸」の字が

右上がりである点が特徴的です。裏面に

は定価の一割にあたる収入印紙(参厘

=3厘)が貼付され、三光丸本店の割り

印が見えます。

 

写真2 定価三銭

 

効能書などは写真.1のものとほぼ同じです

が、表面の「三光丸の」文字と、登録商標

に違いがあります。特に星と三日月がやや

離れ気味であり、数ある三光丸の版のな

かでもこのタイプは比較的珍しいようです。

写真3 定価三銭

 

表面は効能書の文字が読みやすくなり、全

体的にすっきりした感じです。登録商標の

星がやや大きくなるのも特徴的です。効能

の「疝痢」というのは下痢を伴う腹痛の意と

思われます。また、「なめくだり」という聞き

なれない言葉も見えますが、これは白痢

(本文参照)のことです。また、「中暑」は暑

気あたりを意味します。

 

写真4 定価三銭

 

裏表ともほとんど写真.3と似ていますが、

星が大きくなり、現在のものにかなり似て

きます。 薬包紙の折り方、封印の方法な

どにも工夫が凝らされており、先人たち

の努力が偲ばれます。

写真5 定価五銭

 

星と月がやや違うだけで、版は写真.3のも

のと同じに見えます。同時期に2種類の定

価がついていた時代があることから、定価

が安い方が必ずしも古いというわけではな

いのです。 

写真6 定価七銭

 

写真.6 定価の部分が違うだけで、版は写

真.4と同じもののようです。定価7銭の時代

は大正13年から昭和6年までの8年間ほど

でした。なお、効能書で「舟車の酔い」とあ

りますが、他の時期のものでは「船」、「舩」

と違った文字を使うものもあり、時期判断

の材料となっています。

写真7 定価九銭

 

効能書はかなりシンプルになり、三光丸の

文字も登録商標も、現在のものに近づきま

すが、まだ「虎列刺」「赤痢」「しゃく」といっ

た古い表現が使われています。なお、9銭

という定価は一時的なものであり、写真を

見ると、定価10銭から値引きしたものであ

ることがわかります。

写真8 定価十銭

 

定価10銭の三光丸は、明治の終わり頃か

ら昭和19年頃まで出回りましたが、最初の

頃は行商旅費のかかる北海道だけで売ら

れました。写真の資料は字体、効能書の

内容から昭和期のものといえます。 

写真9 定価10銭

 

写真.1と同一の版を使用していると思われ

ます。本文の解説にあるように、違う定価

が同時期に販売されていたことを窺い知る

ことのできる資料です。効能書の内容か

ら、明治後半〜大正期のものと考えられま

す。

写真10 定価15銭

 

定価15銭の三光丸は大正中期から昭和初

期にかけて販売されましたが、この資料は

裏面に貼付された封紙に「大和共同製薬

株式会社」(本文参照)とあることから、第

二次世界大戦も終わりに近づいた昭和19

年から、敗戦後の昭和22年までの間に製

造されたことがわかります。苦難の時代を

物語る貴重な資料といえましょう。効能書

は写真.8と同じですが、商標は月の幅広な

ところなど、かなり現在のものに近づいて

います。

 

写真11 定価10円

 

戦後まもなくの頃は物価も安定せず、三光

丸の定価も1円、1円50銭、2円、5円と激し

く移り変わりますが、やがて昭和23年頃か

らは10円定価に落ち着き、昭和30年代の

前半頃まで続きます。効能書や用法・用量

の記載も大きく変化し、「虎列刺」「赤痢」は

姿を消して、原料の成分表示がなされるよ

うになりました。

写真12 定価15円

 

15円定価の時代は短く、昭和32年から35

年頃まででした。効能書の「牛馬云々・・・」

は古さを感じさせますが、商標も現在のも

のとほぼ同じで、三光丸の文字もかなり細

身になり、現在の書体に近いものとなって

います。

写真13 定価20円

 

定価20円は昭和30年代後半のもの。つい

に「牛馬・・・」の項が姿を消します。戦争の

傷も癒え、景気が上向いていたころでもあ

り、庶民が「文化的」な暮らしを志向し始め

た時代でもありました。なお、この頃まで

は、三光丸は薬を包んだ薬包紙を手で折

って製造していました。

写真14 定価30円

 

30円の三光丸は昭和39〜42年頃に出回り

ました。薬の包装工程が機械化されたのも

この頃で、それまで裏面に貼付されていた

封紙がなくなっています。図柄の特徴とし

ては、上半部にある縁取りの赤い三本

線のなす角度が、やや鋭角ぎみになって

いる点があげられます。この傾向は70円

の頃まで続きました。

写真15 定価40円

 

40円の三光丸。30円のものと同様、裏面に

描かれた斜めの細い線が、薬包紙を手で

折ったときの状態を模しており、手作業時

代の名残をとどめているといえましょう。写

真の資料は昭和43年頃のものですが、昭

和30年代まであった「しゃく(癪)」「りゅうい

ん(溜飲)」「かくらん(霍乱)」などのやや古

い表現が消えています。

写真16 定価50円

 

三光丸が50円定価で販売されたのは昭和

46年〜47年のわずか2年間でした。30円の

ものと比べると、効能書、用法・用量などは

同じですが、手折りを模した線が消えて、

封紙を貼付していた部分に三光丸のロゴ

が入っています。また、裏面の波模様も派

手になり、浮き輪の絵(救命のイメージを表

現したもの)が加わります。

写真17 定価70円

 

三光丸が70円定価で売られたのは、昭和

48年の一年間のみでした。そのせいでしょ

うか、文字もデザインも、前のものとまった

く同じ物を使っています。

写真18 定価100円

 

用法・用量が表になり、わかりやすくなって

います。また、「使用上の注意」が新たに加

わりました。100円定価は昭和49年から約

10年間続きますが、この間に新工場および

原料低温倉庫が新築され、三光丸の生産

量も急増しました。

写真19 現在の三光丸 定価120円

 

昭和59年から三光丸は一包120円となりま

した。本文の解説にもありますが、実はこ

のとき、従来一包50粒入っていたものが一

包30粒となり、しかも成分量、効き目はまっ

たく同じということになったのです。お客様

にしてみれば、丸薬の数が減って代金は

上がったわけですから、最初のうちは奇異

な感じを抱いた方もいらっしゃるかもしれま

せんね。また、この頃から三光丸は「健胃

薬」として売られるようになり、効能書もそ

れに合わせて変えられました。

    各写真をクリックすると拡大写真が別ウィンドウで表示されます

 

★2★三光丸の《火打型》薬包紙

 三光丸の薬包紙は五角形のいわゆる『火打型』を呈しています。昔は病院

などの調剤では、五角形に折った紙包みで投薬されていたのをご存知の方

も多いでしょう。売薬業界においても、薬を白紙の薬包紙で包んだものを2〜

10包ずつまとめて、さらに紙の小袋に入れて販売していました。販売薬の

名称、効能効果、用法、製造業者の氏名・住所などは、外側の小袋に印刷

したわけです。

 米田徳七郎虎義は明治中期から大正時代にかけて活躍した三光丸の当

主でありますが、彼はこの点に着目し、薬包紙に直接必要事項を印刷して

火打型に折り、小袋の手間を省く方式を開発しました。一見なんでもないこ

とのように思えますが、製造・取り扱いに便利で、原価が安くなり、外見も目

立つなど、多くの利点がありました。この方式は大正3年に実用新案特許を

とり、他社の追随をゆるさぬ三光丸独自の方式となったのです。

    各写真をクリックすると拡大写真が別ウィンドウで表示されます

写真20 5銭の三光丸薬包紙

(写真2と同時期のもの)

写真21 10円の三光丸薬包紙

(写真11と同時期のもの)

効能【上段右】大人小児 ◎胸のつかへ(え)

◎胸のいたみ◎胃病、胃弱、赤痢◎しゃく○り

ういん(溜飲)◎はらのいたみ一切 登録商標

 三光丸 【上段左】虎列刺(コレラ)病、しょく

あたり、水あたり、はきくだし、しぶりはら、ね

びへ(寝冷え)、酒の二日ゑひ(酔い)、舩(ふ

ね)車の酔、其外牛馬の腹痛下痢に用ひて大

功あり 定價(価)金五銭 用法【下段右】大人

ハ一度ニ一服小児六歳迄ハ三分ノ一六歳以

上十五歳迄ハ半服十五歳以上ハ大人ニ同ジ

但シはらのいたみはきくだし、ハゲシキハ時ハ

大人ハ一度ニ三服小児七歳迄ハ一服七歳以

上十五歳迄ハニ服温湯又ハ冷水ニテ用ユ 

大和国南葛城郡葛村大字今住 調剤本舗 

米田徳七郎 虎義印 【下段左】牛馬ハ一度

ニ七服冷水又ハ味噌汁ニテ用ユ、此薬如何

程かび、有之候共効能ニ障無之候○目方三

分ヲ以テ一服トス 【欄外右下】近来紛敷類薬

所々ニ出来候ニ付本剤愛求ノ諸君ハ三光丸ト

日月星ノ商標ヲ篤ト御洞見被下度候(近来紛

らわしきたぐいの薬所々に出来そうろうにつき

本剤を愛求の諸君は三光丸と日月星の商標

をとくとご洞見下されたくそうろう)

【上段右】胃病・しゃく・はらのいたみ はきくだ

しの良薬 登録商標 三光丸 【上段左】下痢・

りういん(溜飲) 食滞(食あたり)・牛馬の腹

痛・にも効(ききめ)あり 【下段右】効能 腹

痛・癪聚・胸痛・胃病・胃弱・溜飲・飲食滞・胸

支(むねつかえ)・吐瀉(としゃ)・嘔吐(おうと)・

下痢・疝痛(せんつう)・霍乱(かくらん)・舩車ノ

酔・牛馬ノ腹痛・下痢 用法及用量 【下段左】

大人ハ一度ニ一服小児満六歳迄ハ三分ノ一

 六歳以上十五歳迄ハ半服十五歳以上ハ大

人ニ同ジ但シ腹痛吐瀉激烈ナルトキハ大人

ハ一度ニ三服小児七歳迄ハ一服七歳以上十

五歳迄ハニ服 温湯又ハ冷水ニテ用ユ 牛馬

ハ一度ニ七服冷水又ハ味噌汁ニテ用ユ 【欄

外左】奈良縣葛 株式會社 三光丸本店 偽

セ薬アリ日月星ノ印ニ御注意ヲ乞フ

 

★3★効能書、用法・用量の変化(写真.20〜23)

 効能書と用法(処方)で注目すべきなのは、古い三光丸には「虎列刺(コレ

ラ)」「赤痢」「牛馬」などの表記があることです。コレラ、赤痢に効くというの

はいささか大げさな気もしますが、要は悪性の下痢に効果があり、症状を抑

える作用が認められると理解すべきでしょう。また、「牛馬に用いて大功あ

り」という謳(うた)い文句も当時としては別段不思議なことではありませんで

した。家畜として飼育している牛馬は時として人間よりも大事にされていた

ようであり、三光丸を牛馬に与えて、しかもよく効いたという話を今でもたび

たび耳にします。

 また、「カビが生ずるものがあっても、効能に影響はない」という記述や、

欄外の「近来偽薬が多いので、登録商標の日月星をよく確認し・・・」云々

も、当時製品に生じたカビ対策の問題や類似商品の横行に対する苦労など

が偲ばれます。                                                 

 また、昭和59年からは、それまで1包50粒入りだったものが、1包30粒入り

になりました。これは、三光丸の重要な原料のひとつであるセンブリのエキ

ス化に成功したからです。これにより製品の嵩(かさ)が減り、製剤効率がよ

くなって運搬も楽になるなどの利点が生じました。

     各写真をクリックすると拡大写真が別ウィンドウで表示されます

写真22 30円の三光丸薬包紙

(写真14と同時期のもの)

写真23 100円の三光丸薬包紙

(写真18と同時期のもの)

横に連続する薬包紙。三光丸本店では明治

40年頃から生産のオートメーション化を推し進

め、製造コストを下げて大幅な生産量増加に

成功しており、業界の先駆けとなっていた。写

真の薬包紙は昭和42年製で、内側(丸薬を包

む側)にはポリエステルを貼り込みラミネート

加工を施していた。 【上段】効能 腹痛・しゃく

 胃弱・りゅういん 胸つかえ・吐瀉 登録商標

 三光丸 嘔吐・下痢・かくらん あつさあたり・

寝びえ 酒の二日酔・船車の酔 【下段】用法

用量 大人一回一包小児満六才以下1/3包

 満六才〜満十五才迄1/2包一日三回服用

 腹痛吐瀉はげしいときは大人一回三包満七

才以下一包 満七才〜満十五才迄はニ包を

温湯又は冷水にて服用 定価金三十円 製造

発売元 奈良県御所市今住七〇〇ノ一 株式

会社 三光丸本店 成分及分量 日本薬局方

 センブリ0.3g オウバク0.3g ケイヒ0.3g カ

ンゾウ0.075g 百草霜0.15g(1包量50丸1.125

g)

昭和50年頃の三光丸。この頃から、薬包紙は

(表面の紙)−(ポリエステル)−(アルミ箔)−

(ポリエステル)のラミネート加工となり、やや

厚みが増した。 用法・用量もわかりやすくな

り、(使用上の注意)と(配置期限)が明記され

るようになった。

 

効能書にある主な病状・症状の解説

溜飲(りゅういん):胃部のもたれ感、重圧感、げっぷ、胸やけなどの不快感

を意味する。喉(のど)の奥に何かつかえているような違和感が生ずることか

ら、すっきりとした状態になる、悩みが晴れることを「溜飲が下がる」といった

りする。

霍乱(かくらん):急に激しい吐き気、下痢、発熱、悪寒などを引き起こす状

態。日射病、暑気あたりによって起こる場合が多い。

癪(しゃく):胸や腹部が急に激しく痛むことで、女性に多く、神経症やヒステ

リーに該当するという説も有る。胆石症や胃、十二指腸潰瘍による痛みも含

まれる。昔は胆石のことを癪と呼んでいた。

疝痛(せんつう):体の冷えなどのため腹部全体、あるいは下腹部に激痛が

起こること。古くは、発作的に起こる腹部の激痛を一括して疝気と呼んだ。  

白痢(はくり):別名「なめくだり」とも。下痢便に腸粘液が混ざり、白い便にな

る症状のことで、赤痢をもじって白痢といわれた。 

 

      
(スパム対策のためアドレスを変えてあります
     お手数ですが送信時には#を削除して下さい)